就職難も同様だ。“Cold Weather Donation Money(寒い、金くれ)”底冷えのするズコッティ公園にプラカードを持って座る青年はジョーさん(26歳)。
ジョーさんは大学で水産学を専攻し魚の養殖会社に勤めていたが、3年前解雇された。パートで食いつないでいたが、それも数週間前に失った。現在はホームレスだ。
8日付『ウォールストリート・ジャーナル』はGeneration Jobless(職なき世代)というタイトルで特集を組んだ。アイビーリーグを卒業しても訪問販売ぐらいしかない。高い授業料を払ってスチューデントローンの借金で苦しめられるより、授業料の安い公立大学を選ぶ。日本でも地方の公立大学に人気が集まるようになった。これもアメリカに先だつ。
16歳から24歳までの失業率は16・7%にものぼる。うち大卒は7・7% 高卒は21・1%。6人に1人が職を持っていないのである。(2011年10月、米政府統計)
若者に仕事がない。体の具合が悪くなっても病院にもかかれない。「Occupy行動」が全米各地に広がる社会的背景だ。ごく普通の人々が反乱を起こしているのである。
超格差社会を作り出した米金融資本は、自国庶民の富を食い尽くし、次は世界最高水準にある日本の個人資産に狙いを定めたようだ。
そして! 県民健康管理ファイル。
佐々室長「県民健康管理ファイルは、県民のみなさんがいつでも自身の健康状態を把握できるように。被曝線量、健康状態、ご自身も管理していつでも見つめ直すということが重要。放射線の基礎知識の資料もつける。人体への影響の知識。返ってきたデータも保管できるように。自分の健康を管理していくうえで、広島、長崎の原爆手帳というふうにはなっていない。あくまでも自分で管理するための手帳」
原爆手帳、という言葉が出てドッキリしました。これは検査被曝、医療被曝などで受ける線量も記入して、生涯の線量を自分で把握するためのファイルだそうです。
サイズはA4、2穴バインダー式ファイルで各種健診結果の書類も綴じ込めるように、とのこと。ファイリング機能のところに「とじ込み用金具は、小さなお子さんが指を挟むことのないような配慮した器具を使用」と書いてありますが、うん、まぁ、まず小さなお子さんが被曝しないようにしておくれな、と心底思いました!!
そこでまた星先生がご意見。
星先生「被爆手帳とは違う、ということだが。いろんな不安を解消するために、いろんなことが必要ではないか、という議論があるだろう。これは県からひとつの意思表示。
全県特区というようにして、福島県民はがんの治療が自由に受けられるように、とかそういう議論も。この手帳を作る時点で被爆手帳を重ね合わせる部分もあったのでは? 座長にお願いしたいのは、この手帳がどんな価値を持ちどんな意味があるか、私たち委員の中にもそういう議論を出して頂きたいということ。逆のメッセージとして伝わってもいけないので」
山下先生「重い意味がある、このファイルがどのように使われるか。住民の自己管理は大切。 放射線の影響はわからないことから、地域の調査はきわめて重要」
(??? 放射線の影響はわからないって、冒頭に小児甲状腺がんだけっておっしゃってたよね?)
佐々室長「ファイルは県民全部が対象。今年度には作成したいというイメージ。基本調査の結果と一緒に返せればという意見もあったが、個人情報と重なり時間がかかる。同時はムリだがずれないように。 長期にわたって医大と一緒にすすめていく。10年間のスケジュール」
長澤次長「がんの発生状況を把握していく。体制の充実の認識、連携しながら動く」
先行調査地域の問診表の発送は6月末から始まっています。
先行調査区域:川俣町(山木屋地区)、浪江町、飯舘村
調査対象者数:29209件
発送済み数:29136件
発送率:99.8%回収数:13884件
回収率:47.53%全県民調査は8月26日から発送。
この回収率の低さ! そしていわきはまだ発送もされていない(10.11当時)ということ。
ニューヨーカーの最大関心事は市警察がいつ占拠者の排除にかかるか、だ。
一般紙『ニューヨークポスト(3日付)』は、1面トップと社説でブルームバーグ市長に宛て「占拠はもうたくさんだ。公園とニューヨーク市の威厳を取り戻す時期に来た」と排除を催促した。
ニューヨーク市警は今すぐ実力行使にかかる気配はないが、占拠者に対してジワジワとプレッシャーをかける。パトカーがまるで示威行為のように公園脇にズラリと並ぶことも珍しくない(写真)。有人監視台は24時間体制で見張る。7日には公園の手すりや樹木に括り付けた旗、プラカードをほんの一部だが、撤去した。
公園内に設けられたメディカルセンターのマリア看護師(22歳)によれば「警察からかけられるプレッシャーで頭痛を訴える患者が多い」という。
筆者は口の軽そうな警察官をつかまえて「いつ排除するのか?」と尋ねた。
「したいね…だけど市長の決断待ちだ」。30代後半と思われる警察官は、ガムをくちゃくちゃ噛みながら語った。その目は公園の占拠者をいまいましく見つめていた。
法王自身の苦しみとは何か。例え話として、チベットの亡命政府の話をとあり上げた。
「私の人生でとても辛かった出来事を皆様と分かち合いたいと思います。1959年3月17日のチベット・ラサでの出来事です。中国の軍隊にすべて取り囲まれてしまい、もうどうしようもない困難な事態に追い込まれてしまったわけです。そのため、ここから逃げなければならないという決断を迫られる事態になってしまいました。多くの友人たちと離れて、脱出しなければならない事態に追い込まれてしまったのです。それによって、何千人ものチベット人が中国軍に殺されてしまいました。私の大切な方々もと尊い命を落とされてしまいました。非常に辛い体験でした。非常に悲しい思いをしました」
ダライ・ラマ法王がこの話を取り上げるのは異例らしい。20年間、ダライ・ラマを追いかけている女性によると、文章ではよく書いているが、肉声ではこれまで聴いたことがない、という。